人口約1,300人。面積の92.6%が森林。岡山県の北東端、鳥取県・兵庫県との県境に位置する西粟倉村。この小さな村で、2006年から18年間で62の事業が生まれています。
この記事では、西粟倉村の移住コーディネーターが、なぜこの村でローカルベンチャーが次々と生まれるのか——その構造と経緯を、視察資料や現場の情報に基づいて解説します。
結論:西粟倉のローカルベンチャーは「偶然」ではなく「構造」から生まれた
62の事業は、たまたま優秀な人が集まった結果ではありません。ビジョン(百年の森林構想)→ フラッグシップ企業の成功 → 人材を呼び込む仕組み → 起業支援インフラの整備という段階的な構造があり、それぞれの要素が連動しています。
「100億円の企業誘致より、1億円のローカルベンチャー100社」——この方針に象徴されるように、西粟倉村は外から大企業を呼ぶのではなく、小さな事業を自前で増やす戦略を選びました。
始まりは「合併しない」という決断
2004年、平成の大合併の波の中で、西粟倉村は住民アンケートの結果に基づき合併協議会を離脱しました。「自主自立でいく」という決断です。
しかし自主自立とは言っても、人口は減り続け、基幹産業の林業は衰退し、雇用は乏しい。村の存続をかけて、外部人材の力を借りる必要がありました。2007年に雇用対策協議会が設立され、地域外から人材を獲得する取り組みが始まります。
百年の森林構想:フラッグシップ戦略
2008年、西粟倉村は「百年の森林構想」を着想しました。村の森林の多くは戦後に植えられた50年生の人工林。これを伐って安く売るのではなく、あと50年育てて百年の森にする——短期的な経済合理性ではなく、50年先のビジョンを掲げたのです。
この構想のポイントは3つあります。衰退する一次産業にフォーカスしたこと、自治体自らがチャレンジしたこと、そして実現のために行政(川上=森林施業)と民間(川下=加工・販売)の役割分担を明確にしたことです。
2009年には(株)西粟倉・森の学校が設立され、百年の森林事業で搬出された木材に付加価値をつけて商品化。木材をできるだけ高く買い、その利益を山主に還元するというモデルが回り始めました。西粟倉村のファンづくり=マーケットづくりが、ここから本格化します。
ローカルベンチャー第1号と増殖のメカニズム
百年の森林構想より前の2006年、西粟倉森林組合の合併に伴い独立した若い職員が(株)木の里工房木薫を立ち上げました。保育園への什器・大型遊具に特化した木材加工業で、これが西粟倉のローカルベンチャー第1号です。
百年の森林事業が軌道に乗ると、その周辺で起業・移住が自然発生的に起こり始めました。森林構想というフラッグシップに共感する若者が村に集まり、木工だけでなく、ジビエ、養蜂、農業、福祉、飲食、宿泊、旅行、コンサルティングなど、多様な業種の事業が生まれていきます。
ローカルベンチャーを支える3つのインフラ
① ローカルベンチャースクール(2015年〜)
起業志望者の発掘・育成を制度化したプログラムです。村外からの参加者が西粟倉村のフィールドで事業プランを磨き、実際に移住・起業につなげる仕組みです。
② 中間支援組織:エーゼログループ
2016年に西粟倉・森の学校から分社化したエーゼロ(株)(現エーゼログループ)は、ローカルベンチャー育成事業を軸に、自然資本事業(ジビエ・養蜂・養鰻)、建築・不動産事業、福祉事業、農業、ふるさと納税、旅行事業、コンサルティングと多角的に展開しています。中間支援機能、地域外とのハブ機能、DMO的機能を果たし、起業家が孤立しない環境を作っています。
③ 地域おこし協力隊(企業研修型)
人材の流入パイプラインとして、地域おこし協力隊制度を活用しています。特に企業研修型は、村の認定事業者に雇用される形で着任するため、事業者にとっては人材確保、隊員にとってはキャリア形成の両方が同時に実現します。
数字で見る成果
人口減少の緩和
2005年時点の人口推計では、2025年の西粟倉村の人口は約1,187人と予測されていました。しかし実際の人口は令和7年3月時点で1,318人。推計を約130人上回っています。人口減少は止められていませんが、ローカルベンチャーによる雇用創出とIターン移住者の増加が、減少のペースを確実に緩和しています。
Iターン移住者の定着
平成20年度から令和6年度までの累計Iターン数は408人。そのうち274人(67.1%)が現在も村に住んでおり、村民の約20.8%がIターン移住者です。
近隣自治体との比較
平成17年を基準とした人口減少率を近隣自治体と比較すると、西粟倉村は令和6年時点で約78%の水準を維持しています。同じ条件下にある近隣の町では68〜75%台まで落ちている自治体もあり、西粟倉村の減少率の緩やかさが際立ちます。
西粟倉村の変遷(年表)
2004年:合併協議会離脱。自主自立の決意。
2006年:(株)木の里工房木薫 創業(ローカルベンチャー第1号)。
2007年:雇用対策協議会 設立。地域外からの人材獲得を開始。
2008年:百年の森林構想 着想。
2009年:百年の森林事業 開始。(株)西粟倉・森の学校 設立。
2013年:環境モデル都市 選定。
2014年:バイオマス産業都市 選定。
2015年:ローカルベンチャースクール 開始。
2016年:ローカルベンチャー推進協議会設立(広域連携)。エーゼロ(株) 分社化。
2019年:SDGs未来都市 認定。
2021年:TAKIBIプログラム 開始(ローカルベンチャー第2フェーズ)。
2022年:脱炭素先行地域・デジタル田園都市 選定。
まとめ:62の事業は「結果」であり「過程」でもある
西粟倉村のローカルベンチャーは、百年の森林構想というビジョン、官民の役割分担、人材を呼び込む仕組み、起業を支えるインフラ——これらが20年かけて積み上げてきた構造の結果です。そして62という数字はゴールではなく、今も増え続けている途上の数字です。
この生態系の中で、あなた自身が新しい事業を始めることもできます。まずは募集プロジェクト一覧から、村の事業者の顔ぶれを見てみてください。
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よくある質問
Q. 西粟倉村のローカルベンチャーとは何ですか?
西粟倉村が推進する地域発の起業支援の仕組みです。村の資源(森林・温泉・自然環境など)を活用した事業を立ち上げる起業家を、地域おこし協力隊制度を通じて支援し、2026年現在で62の事業が誕生しています。
Q. なぜ人口1,318人の村に62もの事業が生まれたのですか?
2008年に「百年の森林構想」で村全体のビジョンを共有し、2009年からエーゼロ株式会社が起業家支援の仕組みを構築。地域おこし協力隊制度を活用して外部人材を受け入れ、3年間の支援期間中に事業を育てる「ローカルベンチャースクール」の仕組みが継続的に起業家を輩出しています。
Q. どんな事業がありますか?
林業(百森)、木材加工(木薫)、家具製造(ようび)、温泉運営(motoyu)、自然体験(エーゼロ)、草木染め(ソメヤスズキ)、養鶏(セリフ)、鍼灸(IRIE)など多岐にわたります。森林資源を起点としながら、食・観光・ものづくり・ヘルスケアまで広がっています。

